【同日 昼休み/体育館裏】穂香(ほのか)は目の前に浮かぶ文字を見つめた。(午前中の授業を全部飛ばして、もうお昼休みになってる……)ガヤガヤと騒がしい教室とは違い、体育館裏は静かだった。レンは、また小さなメモ帳をめくっている。「ここにいるはずなのですが」「誰を探しているの?」穂香の質問を聞いたレンは、呆れたようにため息をついた。「あなたの恋愛相手に決まっているでしょう? そもそも、穂香さんは今、恋愛ゲームのメインキャラ以外は見えないようになっているんですよ」「あっ、そうでした」しかも、恋愛相手の髪と目の色が赤、黄、青とカラフルになっていて分かりやすい。ふと、穂香の視界の隅に黄色が見えた。体育館裏の角に誰かいる。穂香は小声でレンに耳打ちした。「レンが捜しているのって、もしかして金髪の生徒会長?」「はい、そうです」だったら、さっき見えた黄色は生徒会長の髪かもしれない。「あそこにいるみたい。挨拶に行ったほうがいいかな?」「そうですね。とりあえず、顔見知りにならないと何も始まりませんから」「えっと、じゃあ穴織くんのときみたいに、生徒会長の情報も教えてくれるの?」穂香の質問に、レンは「もちろんです」と答えた。「生徒会長は、様々な業種の経営している企業グループの跡取りですね」穂香が「それは、お金持ちってこと?」と尋ねると、レンは「はい、ものすごくお金持ちということです。今より昔の言い方ですと、財閥とか言ったりもしましたね」と教えてくれる。「財閥って……」驚く穂香に、レンは「では、頑張ってくださいね」と無責任な言葉をかけた。(何をどう頑張ったらいいのやら。仕方がないから、偶然会ったふりして挨拶だけでもしようっと)穂香が体育館裏の奥に歩いて行くと、足音で人が来たことに気がついたのか、少し見えている黄色が慌てたように揺れた。(移動されたら困るんだけど!)穂香は速足で近づき、ひょいと角を覗き込む。そこには予想通り生徒会長がいた。輝く金髪に、宝石のような黄色い瞳が穂香を見つめている。(す、すっごい美形!)レンも穴織も、どちらもとても顔が整っている。二人ともアイドルができそうなイケメンだった。でも、初めて近くで見た生徒会長は、イケメンを通り越して、もはや王子様のようだ。穂香がポカンと口を開けていると、生徒会長は手に持っていたお弁当
「え?」驚く穂香に生徒会長は、困ったように微笑みかける。「僕もクラスの居心地が悪くてね。昼休みは、いつもここにいるんだ。君とは理由が違うんだけど」「そうなんですね……」その理由は、初対面の穂香には教えてくれなさそうだ。「だから、いつでもここにおいでよ。僕でよければ相談にのるから」「ありがとうございます!」穂香がお礼を言うとチャイムが鳴った。あと5分で昼休みが終わる。生徒会長はお弁当を片づけて立ち上がった。穂香が「あっ、お弁当を食べる邪魔をしてしまいましたね」と伝えると、生徒会長は「いいんだ、いつも多すぎて食べきれないから」とため息をつく。「じゃあ、また」「はい」生徒会長の背中が見えなくなった頃、どこに隠れていたのかレンが姿を現した。「どうでしたか?」「それが……。いつでもここに来ていいって。相談にも乗ってくれるって」「やるじゃないですか」「自分でもビックリだよ。友達になれたわけじゃないけど、生徒会長と顔見知りにはなれたと思う」「素晴らしい成果ですね! さすが穂香さん」手放しでレンが褒めてくれるので、なんだか照れくさい。「では、最後の恋愛相手に会いに行きましょうか」「最後は、先生だよね」「そうです」レンの言葉を聞いた穂香は、ずーんと心が重くなる。「先生と生徒の恋愛なんて、マンガやゲームの中だけの出来事だよ。現実では無理だって」「大丈夫ですよ。ここはゲームの世界なので」「あっ、そうだった……」穂香がため息をつくと、また風景が変わり、目の前に文字が浮かんだ。【同日 放課後/職員室前】「まさか、職員室の中に入っていけとは言わないよね?」「入るしかないんじゃないですか?」「他の先生もたくさんいる中で、松凪先生と仲良くなれと!?」「大丈夫です。他の先生はモブなので、あなたには見えませんよ」「そうでした……」「しっかりしてください」と言いながら、レンはまた小さなメモ帳をめくる。その様子を見ながら、穂香は『無理でもなんでも、結局やるしかないんだよね』とあきらめた。「もう、今日の授業の質問でもして無理やり先生に話しかけるよ。それで、先生の情報は? 何者なの?」またどこかの御曹司や財閥の跡取りなのかもしれない。穂香が、『とりあえず、お金持ちには違いない』と思っていると、レンは予想外なことを言った。「先生は、世界で一
穂香のほうを振り返った先生は「おっ、白川。どうした?」と自然体で話す。穂香は事前に考えておいた質問をした。「あの、先生。さっきの授業で分からないところがありまして……」「うん? どこだ?」そう言った先生は、フッと噴き出す。「おい、白川。質問するなら、自分の教科書ぐらい持ってこい」「あっ!?」「まぁいい。俺のを貸してやるから。どこだ?」先生に教科書を借りて、「ここです」と伝えると丁寧に教えてくれる。いつもながらダルそうな雰囲気をまとっているが、穂香に対して、少しも嫌そうな顔をしない。(こういうところが、いろんな生徒に好かれるんだろうなぁ)そんなことを思っているうちに、先生の説明が終わる。「分かったか?」「はい、ありがとうございました」「分からないところがあればいつでも来い」穂香は、礼儀正しく頭を下げてから職員室を出た。職員室の入り口では、レンが待ち構えている。レンの顔を見たとたんに、穂香は全身の緊張が解けるような気がした。おかしな状況だけど、味方がいるということが、とても心強い。「どうでしたか?」「あ、うん。分からないところを質問して教えてもらったよ。いつでも質問しに来ていいって」自分のことのように喜ぶレンを見て、穂香は深いため息をついた。「一日でどっと疲れたんだけど」カバンを取りに行くために、重い身体を引きずるように教室へと向かう。そんな穂香の後ろを、レンは足取り軽くついてくる。「穂香さん、よく頑張りましたね。それで、恋愛相手達は、どうでしたか?」「どうでしたかと言われても……」挨拶したり、顔見知りになったり、質問したりくらいしかしていないが、それでも穂香は分かったことがある。「いや、誰とも恋愛なんて無理だよ? 皆、顔がいいし、スペック高いし、平凡な私とは生きている世界が違うって! もっと普通の人はいないの?」「いませんよ」レンに言い切られて、穂香は泣きたい気分になった。「この恋愛ゲームの世界で恋愛できる男性は、高スペックなのが一目で分かるように髪と目の色が変えられているんですよ。ですから、例えなんらかのバグが起きて、穂香さんに他の男性の姿が見えても、髪や目の色が一般的なら恋愛相手にはなれません」淡々と説明するレンを恨めしそうに穂香は見ていた。そして、ふと、レンの髪と目の色が緑色なことに気がつく。「そうい
穂香が自室のベッドで目覚めると、いつもの文字が目の前に浮かんだ。【10月6日(水)朝/自室】(これは、昨日『レンと恋愛する』と決めたあとに、次の日の朝まで飛ばされたってことだね)昨日『もう起こしに来なくていいよ』と伝えたおかげか、ベッド横にレンの姿はない。でも、迎えに来てくれているようで、姿の見えない母が「早く下りてきなさい。レンくん、外で待ってるわよ」と教えてくれる。「はーい、すぐ行く」穂香がベッドから下りるとまた場面が変わり、目の前に【同日 朝/通学路】の文字が浮かんだ。穂香は、またいつの間にか朝ご飯を食べて、身なりを整え制服に身を包んでいる。そして、当たり前のように、穂香の隣を制服姿のレンが歩いていた。「おはよう、レン。もしかして、幼なじみは、一緒に登校するっていう設定なの?」「おはようございます、穂香さん。はい、そうです。私はサポートキャラなので、基本、あなたと一緒に行動することになりますね」「だったら、すぐに仲良くなれそうじゃない?」のんきな穂香を見て、レンは眉間にシワを寄せる。「仲良くなるのと、恋愛するのは別かと」「え? 今更だけど、もしかしてレンって他に好きな人いる……?」「いませんよ。だからといって、あなたのことを好きになる未来は想像できませんが」キッパリとした拒絶に、穂香は内心あせった。(『相手が事情を知っているほうが楽だよね』と思っていたけど、相手が事情を知っているからこそ、恋愛するの難しいかも?)遠慮がちにレンに尋ねる。「ちなみに、レンの好きな女性のタイプは?」「あまり意識したことがないですが、そうですね。物事に積極的に関わっていき、問題解決に尽力する女性は好ましいですね」「消極的な私と真逆のタイプ!」穂香はチラッとレンを見た。「あの、今から恋愛相手の変更は……?」「できません」ニッコリと微笑むレンに「だから、あなたのことは恋愛対象に見れませんと言ったでしょうが」と強めの圧を送られてしまう。「ま、まぁ、じゃあ恋愛とかはさておき、とりあえず私達、友達になろうよ、ね?」「友達も『なろうよ』と言われて、すぐになれるものでもないでしょう?」「確かに……」今のクラスに友達がいない穂香としては、レンの言葉に心の底から納得してしまう。2人のため息と共に、場面転換が入った。【同日 朝/教室】穂香とレン
珍しく優しい笑みを浮かべていたレンは、穂香の視線に気がつくとサッと表情を消す。そこには、いつも通りのレンがいた。(私の見間違え、かな? それとも積極的な姿を見て好感度が上がったとか? いやでも、こんな簡単なことで好きになってはもらえないよね……)穂香がぐるぐる考えているうちに、風景が朝の教室から放課後へと変わる。【同日 放課後/廊下】目の前に現れた文字を見ながら、穂香は「これは実行委員の集まりに行けってことね」とつぶやいた。「そういうわけで、レンは先に帰っててね」「えっ、それは……」なぜか驚いているレンを、穂香は不思議そうに見つめる。「何か問題ある?」「……いえ」何か言いたそうなのに、レンから続きの言葉は出てこない。(もしかしたら、私には言えないことなのかも?)幼なじみのサポートキャラだからとずっと一緒にいるが、よく考えたら数日前に出会ったばかりの他人。お互いに知らないことばかりなはず。それなのに、いつのまにか本当の幼なじみのような気になってしまっていた。「えっと、行ってくるね」レンと別れた穂香は、3年生の教室へと向かう。(3年生のクラスに来るの緊張する……)そんなことを考えていると教室の扉の前に立っていた穴織が、穂香に向かって手を振った。「白川さん、こっちこっち! 来てくれてありがとう」人懐こい笑みを浮かべる穴織。(穴織くんが、人気がある理由がよく分かるなぁ。でも、だからこそ、こんな爽やかイケメンと私が恋愛なんて無理だよ)3年1組の教室に入る穂香の視界に、青、黄のカラフルな髪色が見えた。恋愛相手候補しか見えないこの異質な世界で、穂香が見える数少ない人達が揃っている。真っ青な髪の松凪先生が「よーし、みんな集まったか? ほらお前らもさっさと席につけ」と言ったので穂香と穴織は慌てて席についた。「今年の文化祭実行委員の顧問、松凪だ。よろしくな。会議は、生徒会長に進行してもらうから、皆、静かに聞くように」その言葉を受けて、先生の代わりに、金髪の生徒会長が教壇に立った。「では、さっそく、文化祭までのスケジュールを説明いたします」プリントが配られたときに、穂香は自分だけカバンを持ってきていないことに気がついた。(あっ、しまった。筆記用具がいるんだ!)生徒会長の説明を聞きながら、他の実行委員達はメモを取っている。穂香が何か言
小さく悲鳴を上げてしまった穂香を、穴織が驚きの表情で見つめている。「え、白川さん? どうやってここに?」『この娘、ワシらの張った結界をすり抜けてきたようだ』いつもは人懐っこい穴織の瞳が、とたんに鋭くなった。穴織は、右手に持っている武器に話しかけているように見える。「ジジィ、どういうことや?」『じじぃ言うな、こわっぱめ。先代御当主様と呼ばんかい!』(えっと……穴織くん、武器と話してる?)穂香は、今まで読んだマンガの知識を総動員した。(これは、ようするに『話す武器』ってこと?)しかも、『先代御当主様と呼べ』と言っているので、あの武器には穴織のご先祖様の意思なり魂なりが宿っていると推測できる。(いやいやいや、少年漫画の主人公みたいな人が出て来ちゃったよ!? 恋愛ゲームだよね、これ?)気がつけば、真っ赤な穴織の瞳が、まるで不審者でも見るように穂香を睨みつけていた。「白川さんは、敵か?」『さぁな。今の段階ではなんともいえぬ。ただ、この学園内でおかしなことが起こっているのは確かだな』「まぁ、その怪異を解決するために俺が派遣されたからな……」穴織達はコソコソと話しあっているが、なぜか穂香にははっきりと聞こえた。もし、レンがここにいたら、『これもこの世界の仕様です』と言いそうだ。会話を整理すると、穴織はこの学校で起こっている不思議な事件を解決するために転校して来たらしい。(これって、もしかして、穴織くんが学校内の怪異ってやつを解決したら、ゲームクリア扱いされて、私が告白されなくても、この世界から脱出できる可能性ないかな? 逆に穴織くんに敵認定されたら、即ゲームオーバーになりそうな気もするけど……)穂香と穴織が、お互いに『どうしたものか』と見つめ合っていると、穴織が先に視線をそらした。「とりあえず、白川さんの件は保留や」『娘の記憶は消しておけ。騒がれると面倒だ』「分かった」まっすぐこちらに歩いてきた穴織の表情は硬い。穂香は逃げようとしたが、足が地面に縫い付けられたように動かなかった。穴織の人差し指と中指が、そっと穂香の額にふれる。ふれられた箇所がじんわりと温かくなっていく。「白川さんは、ここでは何も見なかった」怖いくらい真剣な穴織の顔がすぐ近くにあった。徐々に薄れていく意識の中で穂香は『これって失敗!? やり直しになるの?』とあせっ
「別の世界線では、穴織くんが主役になれる……。なるほど」確かに話す武器を持って化け物の戦っている穴織は、主役級のストーリーがありそうだ。そう納得した穂香は、ハッと気がつく。「じゃあ、生徒会長や先生にもそういう隠された秘密があるってこと!?」「そうなりますね」「どうして、この世界は平凡すぎる私に、そんなキャラの濃い人達と恋愛させようと思ったの!? 絶対に無理でしょうが!」頭を抱えた穂香に、レンは「深く考えたら負けですよ」と微笑みかける。「夢なのに、なかなか冷めないし……。やっぱりもうレンに好きになってもらうしかないよ」穂香が縋るように見つめると、レンの瞳がスッと細くなる。「それこそ無理だって言っているでしょう? 人の心はどうにもなりませんよ。そんなことより、せっかく穴織くんの秘密が分かったのだから、今回は諦めてやり直して、穴織くんと恋愛したらいいのでは?」「いや、怖いから無理! 私はレン以外と恋愛は無理だから!」レンは、深いため息をついた。「そもそも、私があなたを好きになるためには、あなたも私のことを好きになる必要があるのでは?」「そっか……そうだね。恋愛をするんだから、お互いに歩み寄らないといけないよね」それが分かっても恋愛経験ゼロの穂香には、何をどうしたらいいのか分からない。穂香は、改めてレンのいいところを探してみた。「えっと、素敵なメガネですね」「それってもしかして、私をほめて仲良くなろうとしています?」「うん」「でしたら、もっと他に言い方があるでしょうに、まったくあなたという人は……」レンのあきれた視線が穂香に刺さる。「だって私、付き合ったことはもちろん男友達すらいたことがないんだって! だから、私に恋愛は無理だって言っているのに……」うっかり涙ぐむと、レンはまたため息をついた。「あなたに恋愛経験がないことくらい知っていますよ。でも、ここは恋愛ゲームの世界なんですよ? 難しく考えずゲーム感覚で頑張ってみては?」「ゲーム感覚……ということは、レベル上げとか?」穂香の言葉を聞いたレンは「と、言うと?」と言葉の先をうながす。「ほら、ゲームってレベルを上げたら強くなるでしょ? だから、私は女子力レベルを上げて、レンの好みの女性を目指すのはどうかな?」「なるほど」「で、レンの好みは『積極的に問題を解決する人』だよね?
レンと並んで通学路を歩いていると、風景が変わった。【同日 昼/教室】「うわっ、お昼まで飛ばされた!?」驚く穂香の横で、レンが考え込むように腕を組んだ。「恋愛に繋がるイベントが何も起こらなかったということですね」「そ、そうなんだ」「そもそも、サポートキャラの私との恋愛イベントが、この世界に存在するのかすら怪しいですが」「うっ、それを言われたらつらい! でもだからこそ、自分でイベントっぽいことを準備して来ました」穂香は鞄の中からお弁当を2つ取りだした。「すごい食欲ですね」と言うレンにひとつ渡す。「それはレンの分だよ」「私? いえ、私は食べません」「そんなこと言わずに! せっかく持ってきたんだから」半ば無理やりお弁当を押し付けると、レンはしぶしぶ受け取る。「……うーん……」お弁当のフタを開けたものの、食べようとはしない。穂香は、卵焼きをお箸で掴むとレンに差し出した。「はい、あーん」「怒りますよ?」「そんな怖い顔しないでよ! これでもレンに好きになってもらうために頑張ってるんだから」必死な穂香に戸惑ったレンは、遠慮がちに口を開けた。そのまま、パクッと卵焼きを食べる。無言で咀嚼するレンを、穂香は心配そうに見つめた。「どう?」「味はいいですね」「うんうん、そうだよね!」レンは「あとは、私がお腹を壊さないかですね」と深刻な顔をする。「失礼な……大丈夫だよ。それ作ったの私じゃなくてお母さんだから」穂香はふと視線を感じて振り返った。そこでは、すごいものを見てしまったというような顔で穴織がこちらを見つめていた。「あ、穴織くん?」化け物と戦っていたことが頭をよぎり、穂香の声は思わず震える。でも、穴織は昨日のことなんてなかったかのように、いつも通りだ。(そっか、穴織くんは、私の記憶を消したと思っているから、私もいつも通りにしないと)穂香がニコッと作った笑みを浮かべると、穴織は大げさな動きで頭を抱えた。「自分ら幼なじみとか言って、ガッツリ付き合ってるやん!」「付き合ってないよ」否定した穂香のあとにレンも続く。「付き合ってませんね」「じゃあレンレンは、付き合ってない女子に、あーんで食べさせてもらったん?」「そうですね。流れで仕方なく」穴織は「こっちの学校はすごいなぁ」と感心している。「まぁ、自分らが付き合ってないならちょ
風景が変わり、穂香の目の前に日付が現れる。【10月7日(木)朝/自宅玄関】「うわ!? 騒いでいる間に、次の日になっちゃってる!」 慌ててレンの姿を探しても見当たらない。「嘘でしょ!? 私を穴織くんと2人っきりで登校させる気なの⁉」昨晩『ようやく恋愛ゲームになってきました』と喜んでいたレンならやりかねない。穂香がおそるおそる玄関の扉を開けると、家の門付近に赤い髪の青年が見えた。(う、うわ……穴織くん、本当にいるよ)穂香がどうしたものかと悩んでいたら、こちらに気がついた穴織が人懐っこい笑みを浮かべて片手を上げた。「白川さん。おはよー!」「う、うん。おはよう……」穴織の爽やかさに圧倒されながらも、穂香はなんとか挨拶を返す。「じゃあ、行こうか!」そう言って穂香の隣を歩き始めた穴織は、本気で一緒に登校する気のようだ。【同日 朝/通学路】「……えっと。穴織くん、急に一緒に登校しようって、どうしたの?」穂香が思い切って尋ねると「え? 迷惑やった?」と逆に聞かれてしまう。「いや、迷惑ではないけど……」「じゃあ、いいやん! あ、レンレンとは、いつもどこで合流するん?」穂香は、穴織をまじまじと見つめた。「どしたん?」大きく息を吐きながら、穂香は胸をなで下ろす。「そっか……。穴織くんは、3人で登校するつもりだったんだね……」「え?」「おかしいと思ってたんだよ」いくら『敵かも?』と疑われているとしても、いきなり2人きりで登校しようなんて攻めすぎている。(私とレンと穴織くんで登校するつもりだったから、あんなに強引だったんだ)穂香が「今日は、レンいないよ」と伝えると、穴織は「え? なんで?」と驚いている。「私が、穴織くんに誘われたってレンに言ったから、レンが勘違いして気を利かせてくれたんじゃない?」「気を利かせるって?」「その、デ、デート的な? 2人きりで登校したいって勘違いしたってことだね、たぶん?」誤魔化しながら伝えると、穴織の顔がカァと赤くなった。「あ、ちがっ!」「大丈夫、大丈夫。私は勘違いしていないし、ちゃんと分かっているから」「そ、そうなん? でも、レンレンは勘違いしてんねんな? なんか、ごめんっ!」「別にいいよ」 穴織は、申し訳なさそうな顔をしている。「だって、自分ら、めっちゃ仲良いやん? 俺が邪魔してレンレ
出会ったばかりのレンに「誰と恋愛しますか?」と尋ねられたとき、穂香は穴織を選んだ。「どう考えても全員無理そうだけど、どうしても選ばないといけないのなら、穴織くんにしようかな……」「それはどうしてですか?」「だって、同じクラスで他の人達よりは、まだ接点があるから」「いいと思いますよ。では、明日から穴織くんとの恋愛を頑張りましょう!」そうして、始まった恋愛ゲームは、穂香が穴織の裏の顔を見てしまったことで事態は急変した。光り輝く棒のような武器を持った穴織が、化け物と戦っている。(わ、私は、穴織くんに借りたシャーペンを返しに来ただけなのに! いったいこの状況をどうしろと!?)とにかく一度、この場から離れようとすると、『そこにいるのは誰じゃ!?』と穴織ではない、老人のような声に鋭く呼びとめられた。穴織が手に持っている武器と話すような仕草をしている。(もしかして、あの武器が話しているの!?)見たこともないくらい怖い顔をした穴織に、穂香は「敵か?」と睨みつけられた。(こんなの恋愛する以前の問題だよ! このままじゃ、穴織くんに、こ、殺される……)恐怖で身体が震え、穂香の目には涙がにじんだ。穴織と話す武器は、話し合いの結果、とりあえず穂香の記憶を消すことにしたらしい。(私、記憶消されちゃうの!? ダ、ダメ、もう正直に『恋愛ゲームに閉じ込められているんです』って、全部話して見逃してもらおう!)そう思ったのに、唇が動かない。それどころか、身体も少しも動かせない。ゆっくりと穴織が近づいてくる。穴織の人差し指と中指が、そっと穂香の額にふれた。ふれられた箇所がじんわりと熱くなる。「白川さんは、ここで何も見なかった」 怖いくらい真剣な穴織の顔がすぐ近くにある。徐々に薄れていく意識の中で穂香は『穴織くんって、普段は明るい感じだけど、こうして近くで見るとすごく綺麗な顔してる』と場違いなことを思った。【同日 放課後/教室】(あれ? いつのまにか体育館裏から教室まで飛ばされてる)穴織が「シャーペン返してくれてありがとう」と穂香に微笑みかけた。「ひっ!」思わず悲鳴をあげると、穴織は驚いた顔をする。「白川さん、大丈夫?」「え? あ、穴織くん……あれ?」(私、さっき記憶を消されたんだよね?)それなのに、穴織が化け物と戦っていたことを、穂香はしっかりと覚え
穂香は、朝から自室で一人、机に向かっていた。恋愛ゲームの世界から無事脱出したあと、なんとなく書き始めた日記帳に今日の日付を書き込む。【4月6日(日) 晴れ】(あれから、もう半年たったんだ……)文化祭は無事に終わった。そして、冬が来て春になり、穂香とレンは高校三年生になっていた。あのとき起こったことは、まるで夢のような不思議な体験だったが、すべては現実として今でも穂香の目の前に広がっている。部屋の扉がノックされた。すぐにレンの声が聞こえる。「穂香さん、出かける準備は終わってますか?」「うん、大丈夫。今、行くね」穂香は書き途中の日記帳を閉じた。扉の付近には、黒髪のレンが立っている。「もう皆、来ていますよ」「えっ!? 早く行かないと」穂香があわてて家から出ると、そこには見慣れた顔がそろっていた。大きなカバンを持った生徒会長が「おはよう、白川さん。高橋くん」と眩しい笑みを浮かべると、穴織が「今日は、絶好のお出かけ日和やなぁ」と明るく笑う。車のクラクションが鳴った。運転席から松凪先生が手を振っている。先生は、穂香が三年生になったタイミングで学校をやめた。今は、異世界とこの世界を繋ぐ外交官として活躍しているらしい。「おーい、出発するぞー。早く乗れ」助手席には、紫色の髪をした賢者の姿が見える。車に乗り込んだ穂香達は、清々しい天気の中、お花見に向かった。生徒会長が持っている大きなカバンには、じいやが作ってくれたお花見弁当が入っている。後部座席に座っている穴織が、レンに「じいやさんの料理おいしいねん! 本当にやばいねん!」と熱く語り、レンが迷惑そうな顔をしている。穂香は、後ろの席の生徒会長を振り返った。「大学生活は、どうですか?」「楽しいよ。白川さんもうちの大学にくる?」「うっいえ、そんな超名門大学にいけるほど、勉強ができないので……。レンならいけると思いますけど」そんな感じで車の中は、皆がそれぞれに会話をしていて騒がしい。賢者が穴織に「そういえば、穴織一族が抱えている人形化の特効薬が完成したよ」と報告すると、穴織くんが「マジですか!?」と叫んだ。「あの人形化ってさ、こっちの世界では穴織一族だけの問題だったけど、私の世界では魔法使い達が同じような症状に苦しんでいたから、こっちより研究がだいぶ進んでいたんだよね。でも、特効薬まではできな
「おはよう。来てくれたんだね。白川さんの笑顔が見れて嬉しいよ」生徒会長は、レンを見て「よかった」と胸をなでおろす。「高橋くんも無事にこの時代に残れたんだ」「ご尽力くださり、ありがとうございます」レンがお礼を言うと、生徒会長は「先に助けてもらったのは僕だから。これは、白川さんへの恩返しだよ」と笑う。「君がいなくなったら、白川さんが幸せになれないものね」その言葉に応えるように、レンが穂香の手をそっと握ったので、穂香もその手を握り返した。「君達を見ていると、僕も恋に前向きになろうと思えるよ。あっそうそう、これ……」生徒会長は穂香にプリントを手渡す。「それ、文化祭実行委員が書いて提出するものだから、文化祭が終わったら提出してね」「はい、分かりました」そのとき、生徒会室の扉がノックされた。「し、失礼します!」緊張した面持ちで入ってきた女子生徒に、穂香は見覚えがあった。(あっ、生徒会長のことが大好きで、おまじないをしていた黒髪先輩!)今でもその気持ちは変わっていないようで、生徒会長を見つめる先輩の瞳は潤んでいる。「ぶ、文化祭実行委員の件で来ました」「うん、来てくれてありがとう。このプリントを――」生徒会長が渡そうとしたプリントを、先輩は手がふるえたのか落としてしまった。「あっ、す、すみません!」先輩は、今にも泣きそうな顔をしている。(生徒会長のことが、大好きなんだね)一生賢明な先輩の姿が、レンを助けようと必死だった自分の姿と重なっていく。穂香は落ちているプリントを拾うと、先輩に手渡した。「あの、先輩」「な、何?」知らない後輩に話しかけられた先輩は驚いている。「私、2年の白川っていいます。いきなりですが、先輩、私と友達になってくれませんか?」「え?」先輩は戸惑いながらも「い、いいけど?」と言ってくれた。自分で言ったのに「いいんですか?」と、穂香は驚いてしまう。「うん。友達なら大歓迎」そう言って笑う先輩は、とてもいい人そうだ。(私の周囲の人は、少しだけ幸せになれるから。先輩の恋も、もしかしたら、叶うかもしれない)そんなことを考えていると、生徒会長に「白川さん、よかったね」と言われた。「え?」「だって、クラスに友達がいないって悩んでいたじゃない。でも、今、友達ができたでしょう? これからは、同じクラスとか気にせず
泣き止んだ穂香は、レンと並んで通学路を歩いた。「勝手に風景が変わらないし、もう飛ばされないんだね」「ゲームは終わりましたから」「あれはあれで、便利だったね」「そうでしょう?」「あっ、そういえば、今日は何日の何曜日だっけ?」ずっと目の前に文字が出ていたので、出なくなったら分からなくなってしまった。レンが「今日は、【10月16日(土)の早朝】ですよ」と教えてくれる。「え? 土曜日なのに学校があるの?」「本当に寝ぼけていますね……」レンがメガネを指で押し上げた。「今日は文化祭でしょう?」「あっ、そっか!」「穂香さんは、文化祭実行委員なので、早く行かないといけませんよ」「そうだった」学校につくと、大きなアーチがあり『文化祭』と書かれている。なぜか校門は真っ赤なバラで飾られたままだった。「あれ? 現実世界に戻ったはずなのに、まだバラが……」「そのバラ、私にも見えてますよ」「レンにも? じゃあ、ただの飾りかな?」そんな会話をしていると、怒声が聞こえてきた。「おまえの仕業だったのか⁉」そう叫んだのは、元の髪色に戻った松凪先生だ。先生の側には、紫色の長い髪を持つ賢者がいる。レンが「どうしたんですか?」と尋ねると、先生は「おう、高橋か。白川もおはよう」と言いながら賢者の頭を押さえつけた。「コイツ、自分の世界の破滅を防ぐために、無理やり学校ごと俺を異世界に召喚しようとしていたんだ!」「そ、そんなことしてないよぉ」先生は、校門のバラを指さす。「じゃあ、このバラはなんだ⁉ これ、王城で育てられていたバラだそうだな? おまえ、この学校と王城を少しずつ入れ替えるつもりだったんだろうが!」「だ、だって、何回呼んでも勇者が返事してくれないから! 城のやつらは、私に面倒ごとばかり言ってくるし! それに、なぜかこの学校だけ世界から切り離されてたから、じゃあ入れ替えてもいいかなって……」「いいわけあるか⁉」先生に怒られた賢者は、「もうしないって」と言いながら笑っている。(先生の勇者時代って、大変だったんだろうな)つい穂香はそんなことを思ってしまう。レンが「では、バラの件は解決したんですか?」と質問すると、先生は「ああ」とうなずいた。「まだバラは入れ替えられたままだが、コイツに責任を持って元に戻させる。おまえたちは、安心して文化祭を楽しん
「やり直しより大変なことって……」戸惑う穂香に、レンはスマホの画面を見せた。画面には映像が流れている。――ご覧ください! 突如、日本の上空に謎の巨大生物が現れました!(キシャァアア!!!)――あれは、まさしく、ドラゴンです! ドラゴンは、空想上の動物ではなかったのです!ああっ!? 人が、人がドラゴンの背に乗っています! こちらに、手を、手を振っています!穂香は、寝起きの目をこすった。「何これ? 映画の宣伝?」「いいえ。今朝、本当にあった話です。心当たりないのですか?」そう尋ねられた穂香は、昨日、賢者が『こっちにドラゴンでも召喚して』と言っていたことを思い出す。「あ、ああああ! 心当たり、あるある! 昨日、賢者さんがそんなこと言ってた!」「賢者?」「先生の勇者時代の仲間で……」「よく分かりませんが、先生が関わっていることは分かりました。とにかく学校に行きましょう」「う、うん」穂香がベッドから下りると、風景が変わる。【同日 朝/職員室前】(私の部屋から、学校に飛ばされてる)職員室前でバッタリと先生にあった。「おお、白川と高橋。今日は早いな」先生は、いつものようにダルそうだ。そんな先生に、レンが詰め寄った。「少しお話、いいでしょうか?」「ちょうど俺も高橋に会いたかった。とりあえず、生徒指導室に行くか」レンがうなずくと風景が変わる。【同日 朝/生徒指導室】先生が生徒指導室の扉を閉めると、レンがポケットからスマホを取り出した。「今朝のニュースを見ました。ご説明ください」「まぁ、座れ」穂香とレンが座ったのを見ると、先生は嬉しそうに笑った。「高橋がここにいるってことは、成功したってことだな」事情を知らないレンは、眉をひそめている。「そんな顔するなって。高橋、今、未来と連絡とれるか?」「いいえ。今朝、急に取れなくなりました」「上出来だな。分離もうまくいったようだ」「分離?」先生はこれからの未来が【人類が滅亡しそうでそれを回避した未来】と、【俺達がこれから作っていく、まったく別の未来】に別れたことを説明する。レンが「そんな……無茶苦茶な……」とつぶやいた。その顔は、真っ青だ。「こんなことをして人類滅亡より、もっとひどい未来を招いたら、いったいどう責任を取るつもりですか⁉」「これからは、科学と魔法が合わさってい
賢者は、「こういうときはね」と笑顔を浮かべる。「次元を部分的に塞いで、過去からの影響を未来人たちに流れないようにしたらいいんだよ。そうすると、未来人はそのまま残って周囲の環境だけが変わるから。でも、そこで未来は分離するね」説明がまったく理解できず、穂香は固まった。代わりに、生徒会長が質問してくれる。「分離というと?」「【人類が滅亡しそうでそれを回避した未来】と、【君たちがこれから作っていく、まったく別の未来】の2つに別れちゃうってこと。この2つはとても似ているようで別物だから、まぁ並行世界ってやつだね。でもさ、次元の穴を塞ぐなんて、そんなことできるの、私くらいだと思うけどなぁ? 私だけじゃ、未来人全員は救えないよ?」先生が「こっちの世界には、それができる一族がいるんだよ。な?」と、穴織を見た。「そう、ですね……。一族全員でやれば、できるかもしれません。絶対にできるとは言えませんが、白川さんへの恩返しのために、全力でやります!」「方法や具体的な指示は賢者が出す。穴織の一族には、おまえから話しをつけてくれ」「分かりました」穴織の胸ポケットから『もちろん、わしも協力するぞ』としわがれた声が聞こえてくる。とたんに賢者の瞳が輝いたので、彼にも話す武器の声が聞こえているようだ。先生は、賢者に向き直ると「何をどこまでやれば、未来を分離できる?」と尋ねた。「それだけど、こっちの世界は、科学にだけ特化して滅びそうなんだよね? でも、私がいる世界は、魔法にだけ特化してて、こっちはこっちで、もうそろそろ限界なんだよ」「そうなのか?」深刻な先生に、賢者は「だからさ、この際、滅びそうな2つの世界を混ぜちゃわない?」と満面の笑みを浮かべる。「例えば、こっちにドラゴンでも召喚して、向こうには科学で作った巨大なものを飛ばすとか、どう!?」「世界中が大混乱に陥るだろうな……。まぁ、そこまでしないと、ハッピーエンドにはたどり着けないということか」ため息を着いた先生は、生徒会長に視線を送る。「おまえのほうで、なんとかできるか?」「はい。都合が良いことに、ちょうど今、父が僕への罪悪感に苦しんでいるんです。『なんでも願いを言いなさい』と言うほどに。そこを利用して、混乱を最小限に抑えるために裏から手を回します」「頼もしいな」先生に肩を叩かれた生徒会長は、ニッコリと笑う。
3人で重箱をつついていると、みるみる中身が減っていく。中でも、穴織の食べっぷりは見ていて気持ちがいいくらいだった。「生徒会長、これマジで、めっちゃうまいです!」「喜んでもらえて僕も嬉しいよ」昨日、知り合ったばかりなのに、2人の会話は弾んでいる。「こんなうまい飯が毎日食べれるなんて、生徒会長がうらやましい!」「穴織くんは、転校して来たんだよね? もしかして、一人暮らしをしているの?」チラッと自分の胸ポケットを見た穴織は、「いや、まぁ、そんな感じです」と答えている。(話す武器のおじいさんが一緒だから、一人暮らしとは言い切れないんだね)穴織の事情を知っている穂香は心の中でそう思いながら、静かにため息をついた。(レン、大丈夫かな? ちゃんとご飯、食べてるかな……)穂香としては、レンが頑張ってくれているのに、自分だけのんびりしている状況が心苦しい。(でも、先生に放課後まで待ってくれって言われたから、待つしかないよね)しばらくすると、食事を終えた穴織が「ごちそうさまです!」と手を合わせた。生徒会長は、穂香の顔を覗き込む。「白川さんも、お腹いっぱいになった?」「あっ、はい! すごくおいしかったです。ありがとうございました」「でも、表情が暗いね」「すみません。レンのことを、考えてしまって」穂香が素直に伝えると、生徒会長の眉が下がる。「そうだよね。高橋くんのこと、心配だよね」それを聞いた穴織は、大きなため息をついた。「不謹慎やけど、正直、白川さんにこんだけ思ってもらえるレンレンがうらやましいわ」生徒会長はクスッと笑う。「分かる。僕も同じことを考えていたよ」「ですよね⁉ いくら白川さんに変わった能力があるとはいえ、自分を助けるために、こんだけ一生懸命になってくれる子がいたら嬉しいやろーなー。俺なんて、一生そういう子に会えそうもないわ」「僕もだよ」あきらめたような顔をする2人を見て、穂香は不思議な気分になった。(恋愛ゲームの恋愛相手に選ばれるくらい、2人ともハイスペックなのに?)顔よし、家柄よし、性格よしのすべてがそろっている。「あの、出会えると思いますよ」生徒会長と穴織が一斉に穂香を見た。「生徒会長も、穴織くんも、今まですごく大変な状況で、自分達が恋愛する余裕がなかっただけで……」穂香は、まっすぐ2人を見つめる。「でも
「白川、泣いている場合じゃないぞ。生徒会長からだいたいの話は聞いたが、もう一度、現状を確認しよう」そう言った先生は、穂香にこれまでのことを話すように指示する。そして、すべてを聞き終えると、大きくうなずいた。「なるほどな。研究者が人類の滅亡を防ごうとしていることから、地球の未来は科学だけに特化した世界なんだろうな」生徒会長が、「それは、どういう意味ですか?」と質問すると、先生は、急に授業中のような顔になった。「地球では科学が進んでいるが、異世界では魔法や他のものが進んでいる場合があるんだ。科学者の発明が引き金になり、人類の滅亡が始まるなら、地球は少し他のものを取り入れたほうがいいのかもな」穂香は、先生の言っている意味がよく分からなかった。「分からないって顔をしているな? ようするに、人類滅亡を阻止するのではなく、そもそも人類が滅亡するような事態にならないくらいまで未来を大幅に変えるのはどうだろうかって話だ?」「な、なるほど?」うなずく穂香の横で、生徒会長がさらに質問する。「でも、先生。未来を変えて人類滅亡を阻止したとしても、高橋くんが消えるという問題は解決できていないのではないでしょうか?」穴織も、ウンウンとうなずいている。「そうやんな。未来を大幅に変えると、レンレンどころか、今後生まれてくるすべての人達が変わってしまうんじゃないですか、先生?」「そこが問題だな。俺の知り合いにこういうことにくわしい奴がいてな。ちょっと聞いてみるから、放課後まで待ってくれ」穂香が「はい、よろしくお願いします」と頭を下げると、生徒会長が「その詳しい人って誰ですか?」と質問した。「ああ、勇者パーティーにいた賢者だ。かなりの変人だが世界の理(ことわり)を知っている」物語の中にしか出てこないような役職名を聞いた穂香は『なんだか、すごいことになりそう』と思うと風景が変わった。【同日 昼休み/教室】(あれ? 放課後まで飛ばされると思ったら、まだお昼休みだ)今日からレンは、学校に来ていない。昨日言っていた通り、やり直しを食い止めているのだろう。(レンがいないと、一緒に食べる相手すらいないよ……)いつもお弁当を作ってくれている母には「今日は忙しいから、購買でパンでも買ってね」と言われ、お金を貰っている。(購買、混んでないといいけど)穂香が立ち上がると「穴織